2011年,岩波書店)からの引用ということだ。
それにしても、一年365日、毎日1200万円以上使う生活なんて、可能かどうかも分からないし、私でなくとも普通の人なら、その様子を想像してみる意欲さえ湧かないだろう。
お金はいくらあっても邪魔にならないという人もいるが、このくらいになると、なにかしら邪魔になるのではないかと思うのは、貧乏人の僻みだろうか?
彼ら「富豪」から見て、ものの数にも入らない低賃金労働者の僻み・・・。
Interactive Display
しかし私は、彼らの仲間に入れてもらえなくても、一向に構わないという気がする。
「利他」ということを考えないで生きるのは、私は恐ろしくて嫌だからだ。
「情けは人のためならず」ということわざだってある。
あの世にいかねばならぬ間際には、使い切れないほどの財産で豪奢な生活をした事なんて、支えになるとは思えない。
hk idc
日本の「一流」企業を評価する物差しとして、「社会的貢献」ということが捨て去られたのは、いつのことだろう?
リーマンショックの頃からか?それほど昔の事ではないはずだ。
企業への好感度が、日本国内の「雇用」や社員の「厚生」、地域経済への寄与、等によって左右されていた時代には、もう決して戻らないのだろうか?
「チョコレートディスコ」のピアノバージョンと「美しい日本」の風景を取り合わせたCMも、ひねくれ者の私には日本を「利用」しているようにしか受け止められない。
ハイブリッド車の開発にしても、日本の「工学部」が養成した技術者たちが中心にやっているはずだ。
工学士一人養成するのに、日本人の税金がどれだけ投じられているか?
学生から授業料を集めただけで、大学教育が立ち行くはずないじゃないか!特に、医学部だの工学部だのは。
otterbox armor series